2017.9.2~9.10 ドロミテ クライミング

2017.09.02~9.10 イタリア・ドロミテ

9.2 Cortina d’Amezzo

毎年訪れているヨーロッパだが今回は初めてドロミテへ。色々な情報を推測して今年のヨーロッパは気温が高く氷河の状態がわるそうだった。氷河の無いアルプスということでドロミテにやってきた。ドロミテは岩登りの殿堂、フリーの上手でない我々に登れるルートがあるだろうか?経験の少ない石灰岩の岩場も不安だった。

パリ経由で初めてベネチア空港へ。空港からはマニュアル6速のレンタカーでCortinaへ向かう。レンタカーのGPSはポータブルタイプで頗る扱いにくい。マニュアルも1年ぶりでエンストの連発。何とかCortina d’Ampezzoに到着するが冷たい土砂ぶりの雨に見舞われた。

頼りの英訳ガイドブック。左はドイツ語から右はイタリア語から。名称などドイツ、イタリア、英語が混じり混同する。

9.3 Col deiBos ViaFerrata

朝起きると山の上部には雪。低い山の南面ならば午後には登攀可能かもしれない。しかし、我々は現地不案内。しかたがないので、SS48を通って Pass Falzaregoへ行き様子を見ることとした。Falzarego峠には山小屋があるが、食堂土産物なども売っており観光拠点だった。停まっている車の屋根には10cm程の雪が積もっていた。ここでやっと地図を手に入れ今日の行動を検討。岩登りは雪があるので止めにして、少々な雪でも登れそうな近くのCol deiBosのViaFerrataへ行くことにする。峠から少し下ったレストランStrobelの駐車場から上り始めるが、ここにたどり着くのに少々行ったりきたりしてしまう。レストランの裏手からトレッキングルートを第一次世界大戦の野戦病院の跡まで登る。そこから Ferrataに取り付いている数名が見える。ルートは最初少々急な登りで途中傾斜が緩くなり最後は頂上へ急傾斜で終了する。上部は雪も見られたが素手で登ることができた。頂上だと思ったらCol dei Bos 山頂は15分ほど登ったFalzaregoTower寄りだった。

 

SS48をFalzarego峠へ。Tofan Rozes も雪が積もっている。

Falzarego峠の小屋の前の駐車場。前夜から停めてある車には雪。

野戦病院の跡。

岩壁に造られ野戦病院。

フェラータの取り付き。クラックの左側です。

フェラータは簡単な人工登攀。カラビナの架け替えが面倒です。フェラータ専用カラビナが便利だと思います。でも、墜ちたら確実に死ぬので注意は普通のクライミングの同じです。

フェラータの終了点。山頂は後ろに。

Col dei Bosの山頂。鉄条網と当時の木材で作った十字架。

9.4 CinqueTorriCimaSudSouthFace

天気予報は良くも悪くもないということで、近場のCinqueTorriへ行くことにした。Falzarego峠へ向かうSS48を途中左に入りすれ違い困難な山道をRifugioCinqueTorreへ向かう。山道は20分ほどだが対向車が来ないことを願いながらの運転だった。CinqueTorreは山小屋の真上歩いて15分ほどだった。当初我々は一番簡単そうなToreGrande CimaOvestのルートを登るつもりだった。そして、たどりついた最初の岩山をCimaOvestと思ってしまった。クラックに取り付いているクライマーと順番待ちのドイツ人2名がいた。てっきりこれがCimaOvestの人気ルートと思い込み。彼らにルートを確認したところ“そうだ、一番ポピュラーなルートだ。”とのことで我々もここに取り付くことになった。我々の後にガイド風の上手そうな3人イタリアパーティも並ぶ。

1p目。簡単なフェースからクラック。クラックには残置があるが越えるのに勇気がいる。越えたところで、カム、その上の膨らみを左から乗り越える。岩が磨かれておりホールが不確かで難しかった。

2p目。左側の短いクラックを登り。そのまま右の簡単なフェースを登ってバンドに出る。どうも間違えたらしい。バンドの先でルートが途切れる。途中の支点までNに登ってもらいそこから15mほどロワーダウンで降りる。見落とした支点がテラスにあった。

3p目。先行パーティが消えたのは左にトラバースしたからだろうと庇が覆いかぶる簡単なバンドを左にトラバース。15mリング支点まで。ここで先行者の声が聞こえた。

4p目。庇の下を5mほどトラバース。ホールどスタンスはしっかりしているが先が解らないので怖い。クラックの下に出て、残置にほっとする。クラックと左のカンテ状のホールドを使いながら登る。左右のバランスが難しかった。クラックを左側に抜け、大きなテラスへ。ここで先行者に追いつく。

5p目。先行者は残置の多い右側のフェースを登り難しそうなトラバースで左のルンゼへ戻っていたが、我々は左側のルンゼを直上。残置はないが難しくはない。

6p目。短いクラックの下まで登り。クラックを登る。残置はあったが被っていて難しかった。3番のカムで思わずA0。チムニー状のルンゼを登り最後はチムニーを左側から越え岩場の肩にでる。

7p目。広いバンド状のテラスから微妙なフェースを登る。3本ボルトがあったがハンガー3本とも無かった。フリー状態の出だし8m。リーチが長い方なので何とか乗り越える。あとは傾斜の落ちてき壁をルートを選びながら山頂へ。このピッチ、リーチの短いNには出だしが大変だったらしい。

下降は後続の若いイタリア人カップルと4回の懸垂で岩壁の南側へ。後続のはずだったガイド風3人パーティは1p目で敗退したらしい。明日は天気が良いとの予報で、そのままSS48でCortinaを通りこし、Mizurinaへ向かい明日のTreCime(いわゆるドライ・チンネ)に備える。夜解ったのだが、今日登ったルートはTorreGrande CimaSud,SouthFace のMyriamというルートでガイドブックの表紙の写真にも使われている有名ルートだった。思わぬ苦戦で落ち込んでいたが、自信を取り戻した。

RifugioCinqueTorre

小屋から直ぐのToreGrandeCimaSouth

Myriam。右のクラックを登り、大きな庇の下を左にトラバースする。

1p目の出だしを登る先行ドイツパーティ。

1p目。核心のクラックは越えました。

1p目上部は難しくないがランナウト。

1p目終了点へ。

核心のトラバースを終え、クラックからカンテフェースへ。

TorreGrande CimaSud山頂。

最後のピッチ思わぬ苦労。終了しました。

井戸を降りるような空中懸垂。

南壁の基部へ。

 9.5 TreCime CimaGrandeSouthFace

朝起きると天気は余り良くなかった。CimaGrandeのSouthFaceのノーマルルートなので多少天気が悪くとも登れるだろうとの気持ちだった。Auronzo小屋へ向かうが、途中、料金所があり有料道路料金なのか入山料かわからない20ユーロをとられた。9時過ぎだったがAuronzo小屋の広大な駐車場は既に半分車で占められていた。Lavaredo小屋方面へトレッキング道を進むが人でいっぱいだった。我々はCimaGrandeの真下から斜め左へ入りCimaGrandeとCimaPiccolissimaのコル方面へ入る。途中ガイドパーティの2名に抜かれ、ノーマルルート取り付きで合流する。そのころから霧雨が強くなり始める。他に1パーティ3名も思案している。ガイドの2人パーティはアンザイレンして登っていった。

我々も躊躇したが、“行けるところまで”と10:00取り付く。ランペを左上してルンゼに入る。ルンゼの左側のフェースを登っていく。我々フリーだったので途中ガイドパーティに追いつく。そこで我々もアンザイレン、コンテで行くが途中チムニーの乗っ越でスタカット。程なく岩稜のコルへ出る。コルから左のフェースへ移り2,3級のフェースを登り大テラスへ。テラスから左へバンドが続いていて、右上がザラザラのルンゼへ繋がっている。迷っているとバンドからアンザイレンした2人が現れた。ルートは白いザラザラルンゼを直上とのことだった。彼らは何処から来たのだろうと考えた。おそらくCimaGrandeの南側は傾斜が緩く、横断バンドが何本か走りハイグレーのトレッキングに使われている模様。ルンゼを進むとリングの支点、さらにチムニーを左から越えると広いルンゼに入り左に登っていく。岩壁の下コルのようなところに出る。コルからは明瞭の踏み跡が左に続いている。このコルから岩場を直上するのか?3級くらいなので登ることは難しくない。しかし、ルートを間違えると降りるのがやっかいである。そのころ雨も強くなり霧で上部がどうなっているか解らなかった。ガイドパーティも近くにいるのだろうが声も聞こえず姿も見えない。バンドを少々壁の真ん中へ進み情勢を探るが解らない。取り付きも遅かったし天気も悪い、おまけに寒い、特に手が冷たかった。ヨーロッパでは今まで散々迷ったことを考え下山することにした。下山は3箇所ほどでロワーダウンをして12:40取り付きへ戻る。誰にも会わなかったので後続組みも諦めたのだろう。Auronzo小屋へ戻ると駐車場は満杯人が多くびっくりした。

Auronzo小屋を振り返る。かなり大きな小屋です。

CimaGrandeの南壁。傾斜が緩く、横断バンドが何本も走っています。これがルートファインディングを難しくします。

雨が降り始めたので雨具を着て思案中。

ガイドパーティはアンザイレンして登攀開始。左上するクラック沿いがルート。

下山途中、マーモットを見っけました。かなりもこもこでした。

9.6休養日

天気予報が余り良くなかったので休養日。Cortina の中心部からFaloriaのロープウエイ乗る。何処へ行くのか良く解らなかったがここへ登ればCortinaが俯瞰できると考えた。ロープウエイの真下にはSkiClub18というViaFerrataを登っている人達が見えた。ロープウエイの頂上駅からはスキー場が広がっていた。Cortina へ降りて時間があったのでFalzargo峠へ行き、明日登る予定のSass de StriaのHexensteinというルートを道路から観察した。下部はショートルートのゲレンデになっており10名ほどが練習していた。

Faloriaのロープウエイ山頂駅。

ロープウエイから見るフェラータルート。

コルチナの町中。

現地の人が多いピザ屋。

9.7 South Arete, Sass de Stria 

朝天気は良い、又SS48をFalzargo峠へ。昨日の偵察通りLagazuoiロープウエイステーションの横の道を数分走り駐車するが他の車はない。Sass deStriaの長い岩壁の下を斜上して行く。トレッキングルートを右にはずれ取り付きと思しき地点右上すると、既に取り付いているクライマー数名、3名のガイドパーティと若いドイツ人カップルパーティだった。

1p目。大きな凹状のフェースからコーナークラックの下まで。簡単で何処でも登れる。

2p目。ちょっと難しいコーナークラックを越え、カンテを進む。

3p目。快適なカンテを更に登る。残置は無く、カムも決めにくいピッチ。

4p目。カンテから右の壁のチムニーを登り。左のカンテへ戻っていく。

5p目。右のバンドからクラックを登り。カンテの大きなテラスへ。

6p目。右側の簡単なクラックを登り。右へピナクルの後ろを大きくトラバース。クラックを乗こしてテラスへ。最後ホールドが砂っぽく滑りやすい。

7p目。右のガリーを登れば簡単に頂稜へ出ることができる。左側のクラックがこのルートのハイライトとのことだったので、クラックを登る。見た目より難しくない。

8p目。フェースをNリードで山頂へ。

ドイツ人カップルのロープ操作などが遅く、ピッチ毎に待たされたが、会話が弾み楽しい登攀だった。このルートは南面で明るく、見晴らしも露出感も素晴らしいルートで登っていて楽しくなった。Sass de Striaの山頂からの下りは第一次大戦の遺跡そのものだった。山頂からの道は当時の塹壕通し、銃眼などもそのまま残っていた。悲惨な塹壕戦の傷跡そのものだった。

取り付き。

2p目。出だしのクラックを登るドイツカップル。

大きなラインは左のカンテですが、右のクラック、フェースの弱点を登ります。

6p目。簡単なクラックを登り、ピナクルの裏のバンドへ。

 

CinqueTorriが遠望できます。

最後の核心のクラック。

最後のクラック。

意外と簡単だったハイライトのクラック。

頂上の十字架に着きました。鉄条網でできた十字架ではありませんでした。

大きな十字架です。

山頂からつながる塹壕。

塹壕に造られた銃眼。

石灰岩を削って造られていました。

古い木材と鉄条網でつくられた十字架。何とも言えない悲しい雰囲気でした。

9.8 Cima Ovest,CinqueTorri

本来なら最初に登るつもりだったSouthWestFaceのViaDelleGuideというルートを登りに行った。3パーティほどが待っていた。一の倉の南稜みたいなルートだから待っても大したことは無いだろうと思った。大間違いで2時間も待たされてしまった。

1p目。簡単なフェースを右上。ハング下の支点で待たされる。

2p目。ハング越えはホールドが多く簡単。10m上の支点でピッチを切っていた先行4人パのーティに先に行かせてもらい50m。

3p目。大きなハング下を右上してカンテからテラス。支点の上を左に乗り越し、簡単なフェースを50m。

4p目。大まかな岩のフェースを登って山頂へ。

登攀時間だったら1時間もかからないルートだろうが、余り経験ないクライマーの入門ルートかもしれない。しかし、それなりに楽しいルートだった。頂上からは北側へ懸垂3回。

1p目を登る先行パーティ。

2p目。

3p目。

CimaOvestの山頂。

9.9 Venezia

Cortinaは朝から天気が悪い。雨が降り出す前に車に荷物を積み込みVeneziaの空港方面へ向かう。途中で大雨に会うが空港近くのMestreに着くころ雨は止んだ。13時過ぎ、ホテルに車をデポし、トロリーでVeneziaへ向かう。橋を渡りVeneziaは島だということが初めて解った。岩山のドロミテから中世の水上都市へ。その落差は大きかった。

観光客から離れた水路、昔と変わらにのでしょう。

幻想てきなベネチアの夜。6時間ほどの滞在でしたが十分でした。

9.10 Venezia~Tokyo

Venezia空港よりパリ経由Tokyoへ。

 

 

 

 

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2017.08.18~08.27 皆既日食&コロラド・クライミング

2017.8.18~2017.8.27アメリカ コロラド ランーリッジ,ボルダ―フラットアイロン クライミング

参加者:TA,KA,HH,CH

行きなれたコロラドからも近いワイオミング州またはネブラスカ州で皆既日食が体験できるということで,今年もコロラドに行くことに。コロラドが初めての人にも快適かつ絶景,岩稜群が楽しめる,ランピーリッジとフラットアイロンでのクライミングに参りました。

8月18日、夜デンバー着。

8月19日は高度順応?(デンバーで1600m位)も兼ねて,レッドロックパークに出かけ,砂岩の岩塊?に囲まれた野外音楽堂を見学しました。ビートルズやABBAも演奏したという,米国トップクラスの集客・収益を誇る会場だそうです。

レッドロックパーク(デンバー郊外)

レッドロックパーク周囲の景色

8月20日,翌日の日蝕に備えて移動。8月21日,西に向かった方が晴れの確率が高いという天気予報の情報を頼りに,ワイオミング州とネブラスカ州の境界近くのMorrilという田舎町まで移動し,小さな児童公園と思しき公園で日蝕見学しました。アメリカでも日蝕は大盛り上がりで,大勢の人が見学できる場所を求めて右往左往,田舎のガソリンスタンドのトイレは長蛇の列でした。皆既日食は初体験でしたが,完全に太陽が隠れる寸前と現れ始める時のダイヤモンドリング,完全に隠れた時の異様な暗さとコロナは体験できて良かったと思いました。実際に暗くなり始めるのは太陽が8割方隠れてからで,太陽は凄い!と改めて感じた瞬間でもありました。

日蝕終了後,日蝕渋滞にはまりながら,ロッキーマウンテンナショナルパークのゲートタウンであるエステスパークに向かい夕方7時頃到着。

コロナ

8月22日は,23日のランピーリッジクライミングに備え,ガイドから前日は公園内をハイキングして高度に慣れておくようにと予め言われていたこともあり,2,000m超の高所への順応目的で国立公園をハイキングしました。上高地で言えば河童橋に相当する(観光客が必ず行くところと言う意味で),Bear LakeからHallet Peakのバットレス取りつきに向かう一般用トレイルの終点,Emerald Lakeまで歩きました。Hallet Peakのバットレス取りつきまでは更に1時間程度ザレ場を進んで行くそうです。 ルートは5.7程度からあるそうです。この時は,自分では全然わかりませんでしたが,他の観光客が高性能カメラで観ていたため分かり,5.9を登っているクライマーが針の先程度に見えました。

Hallet Peakバットレス(Emerald Lakeから)

Hallet Peak(Bear Lakeから)

8月23日,ランピーリッジクライミング。TAさん達は,Batman Pinnacleの「Batman & Robin」(4ピッチ,5.6)というルートへ,我々はLeft Book Rockの「White Whale」(4ピッチ,5.7)というルートへ。

ランピーリッジの駐車場

右の一番高い岩が,The Book。それを左から回り込みLeft Bookに向かいます。

Batman Pinnacleは写真の一番高いBatman Rockの左下にある小槍状?の岩です。

White Whaleの1ピッチ目。途中の木にビレイ点を作ります。全体に快適な(インスボンの様な)花崗岩のクラックが続くルートです。フットホールドも豊富で,足がしっかり決まり,難易度的は全ピッチを通して小川山のハート アンド ソウルの1ピッチ目を易しくしたレベルかと思いました。本来4ピッチのルートでしたが,午後は雷雨予想であり,既に正午頃から遠くに雷の音が聞こえ始めたこと,4ピッチまで行くと下りがブッシュの藪こぎになり時間を要することなどから3ピッチで終了しました。

8月24日はレスト日。

8月25日はボルダ―のファースト フラットアイロンを登りました。フラットアイロンは,固い砂岩で,難易度5.6~7程度の超快適なスラブ登りです。 岩壁よりも登頂後下降点までのリッジ歩きの方が,スリルがある位です。この日は,雨の心配はないけれど暑くなるからということで,朝6:00に集合。まだ暗いうちから歩き始めました。コロラドは非常に乾燥している上,フラットアイロンは日陰のないクライミングになるので,水は,最低1.5L程度は必要です。また,一般用トレイルには現地の人がPoison Ivyと呼ぶかぶれる草が生えていて注意する様に言われます。予想通り,非常に暑いけれど快適なクライミングを終え,14:00頃には駐車場に戻りました。

Boulderの街の後ろにそびえるアイロンの様な形状の岩山がフラットアイロン。一番手前がファースト フラットアイロン。

ファースト フラットアイロンを登るColorado Mountain SchoolのガイドRusselとTAさん

我々をリードするColorado Mountain Schoolのガイド,Bobさん。

8月26日 ボールダーの隣町、ゴールデンにあるCoorsビールの工場見学に行き,タンブラー3杯までのフリー試飲を楽しみました。

8月27日 全員無事、デンバーを後にしました。

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2017.07.15八ヶ岳中山尾根

2017.07.15季節外れの中山尾根

5:40美濃戸赤岳山荘 7:25赤岳鉱泉 8:55中山尾根コル 9:10取り付き登攀開始      10:35登攀終了 12:00行者小屋

参加者:U,N

美濃戸の駐車場はほぼ満杯、山荘のおばちゃんに特別席に停めさせてもらう。中山尾根のコルからのトレースは途中不明瞭になるが適当に取り付きへ。冬の1,2P目は1pで登りダブルロープを止めその後はシングルでコンテ。草付はしつかりしており、上部岩壁まで息が切れる。上部岩壁1p目はワンポイントだけ緊張するがボルトがあるので安心して登れた。そのままコンテで岩稜を左へ乗り越すテラスまで。ワンポイントスタカットで登りそのまま終了点へ。実質2pの登攀だった。東側にはガスが出ていたので地蔵の頭から地蔵尾根を下山。

下部岩壁1p目。

上部岩壁1p目。

終了点で。

クライミングシューズ持参しましたが、これで登りました。

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2017.06.17 谷川岳一ノ倉沢衝立岩中央稜

2017.06.17 谷川岳一ノ倉沢衝立岩中央稜

4:50ロープウエイベースプラザ 6:00一ノ倉沢出合

7:30中央稜基部登攀開始 9:304p目登攀終了

12:00一ノ倉沢出

参加者:K,N,U、

去年末、不注意で

自宅で負傷したKの谷川復帰戦でした。去年の同時期の南稜フランケの登攀から1年ぶりでした。当初は中央カンテの予定でしたが、中央稜の基部で先行したUガイド3人パーティがスムーズに1p目を終了したのを見て中央稜のほうが安直と考え、我々も取り付いてしまいました。しかしながら、3p目、4p目と30分以上も待たされることになりました。5p目も待たされましたが、リードのKが途中で降りてきて終了としました。Kのリハビリには調度良い登攀でした。

出合の雪の壁は約1か月で消えました。

雪渓はテールリッジまで続いています。

 

2p目のK。

3p目のトラバース。

4p目のN。

4p目終了点よりの2ルンゼ方面。

出合は観光客でにぎやかでした。

 

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2017.05.28 富士山富士宮口

2017.5.28富士山富士の宮口

5:40富士宮口5合目 9:50山頂

12:30 5合目駐車場

参加者:U,N

何処へ行こうか迷ってしまい。結局、富士山を登りました。Nは今シーズン初めてだったのでゆっくり登りました。雪は8合目からでしたが余り硬くはありませんでした。風が強かったので剣が峰は省略しました。あと1回くらいで高度順応完了です。

7合目あたりからの山頂方面。雪はすっかり消えていました。

富士宮口山頂。

山頂の鳥居。

4/30の山頂の様子です。雪が多いのがわかります。でも、思ったより雪は減っていません。

出来るだけ雪渓をアイゼン無しで下ります。スキーの回転のイメージを意識して下ると楽に下れます。

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2017.05.20 谷川岳一の倉沢烏帽子岩南稜

2017.05.20 谷川岳一の倉沢南稜
5:00ロープウエイベースプラザ 6:05 一の倉沢出合
7:15南稜テラス 8:15登攀開始  10:40 登攀終了点
12:20南稜テラス 13:50 一の倉沢出合
参加者U、N
登山規制明け、今シーズン初めての一の倉沢でした。
何度も登っている烏帽子岩南稜ですが、毎年何かと心配になるのが
一の倉沢です。南稜テラスまで体力は大丈夫か? スムーズに
登れるか?混んでいないか?
ほぼ、ラストの出発でしたが、南稜の取り付きは3番目でした。前の
パーティはR鳳のKさん達で、待機時間も楽しい会話であまり気になりま
せんでした。同年齢のO森さんが参加していなかったのが残念でした。
今年は残雪が多くテールリッジまで快適でしたが、テールリッジの灌木や
石が不安定になっているのが気になりました。下りは要注意でした。
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残雪の多い一の倉沢出合い。下流側でも雪壁になっているのは初めてです。
s-CIMG3640
たっぷりと雪を残しています。テールリッジまで近く感じます。
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1p目のクラックを抜けます。登り過ぎか?岩がつるつるしてすべりそうです。
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馬の背リッジは広いので先行パーティのK原さんと入り乱れています。
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最終ピッチの壁。
s-DSCF7197_convert_20170521180050
R鳳のK原さんに撮ってもらった最終ピッチの出口です。
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待機時間の長い下降でした。忍耐力つきました。
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2017.05.04明神岳東稜

2017.05.04 明神岳東稜

4:05嘉門次小屋 5:35宮川のコル 7:10ひょうたん池 11:00明神主峰       12:15奥明神沢コル 13:50岳沢小屋 15:50日本山岳会山岳研究所          参加者:U,N

5/3上高地の日本山岳会の小屋に食料少々をデポして明神池の嘉門次小屋に入る。小屋にはS原ガイドとクライアント4人が到着していた。去年も明神東稜を前後して登ったが今年も一緒ということだった。

5/4 3時過ぎに起床してS原ガイドパーティの後を追う。同行のNは去年より体調を崩しリハビリ中なのでゆっくりのペースで歩くことにした。今年は残雪が多く、目印の白いザレの手前でアイゼンをつけ右のルンゼに入る。雪が多く去年よりもはるかに登りやすい。宮川のコルで過ぎヒョウタン池までは直線的に雪面を登って行った。ガイドパーティは5名なのでペースがゆっくりで追っていく我々には調度良いペースだった。ヒョウタン池より長休止のガイドパーティを残して先行する。最初の壁に前夜尾根泊の5名が取り付いていた。彼らは難しそうな正面から登って時間をかけていた。我々は2pで左がわの雪壁から草付を定石通り登り5名を追い抜くことができた。そこからはコンテで雪稜を進む。途中2名1パーティを抜く。バットレスの手前のピークで長休止するが、頂上直下の壁に8名が取り付いている。休み終わっても殆ど進んでいない。下部の雪壁草付で2名1パーティに追いつく。バットレスの核心では追い越せないので、上部の雪壁で2峰側に斜上して8名を追い越すことができた。頂上に出ると直上してきたパーティのリードも出てきていた。バットレス直下で幕営していた6名で本日の先行パーティとのことだった。全員引き上げるには更に時間がかかるだろう。S原ガイドパーティも直ぐに現れる。余程のガイド能力がなければ4名を1本のロープで連れてくることは出来ないだろう。上高地泊の予定なのでゆっくりSガイドの後を奥明神沢のコルへ下る。ガイドの後はルートを考えないので楽だった。岳沢は沢山のテントで賑わっていた。その時長野県警の無線が聞こえてきた。コブ沢上部2900mで雪崩が発生し登山者が巻き込まれたとのことだった。普通の登山者が登るルートではなく、スキーヤーではないかと直感した。数時間後解ったのだが、遭難者は富士山などで何度もお目にかかっているMさんだった。冬に一の倉の本谷をスキー滑降したと聞いていたが、その悲報に愕然とした。4/30富士山に登った時も彼の姿を探したことが思いだされた。

女性の管理人に代わった日本山岳会の小屋は清潔で快適だった。

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宮川のコルへの登り。何時もは雪が無く登りにくのだが今年は快適。

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宮川のコル。

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宮川のコルの日の出。

 

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ヒョウタン池へ。

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最初の壁の2p目。

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バットレスの前のピークで大休止。

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明神主峰最後の壁。鞍部での幕営組8名が取り付いています。

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明神岳山頂。

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奥明神沢への下り。

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岳沢小屋直前。奥穂岳を望む。

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日本山岳会上高地高山研究所。

 

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2017.01.08 八幡平茶臼岳BC

2017.01.08八幡平茶臼岳スキー

9:50旧八幡平スキー場駐車場

12:50茶臼岳山頂  13:20茶臼小屋

14:30駐車場

参加者:U,N

天気は快晴。安比でのゲレンデレッスンのOプロ達と別れ旧八幡平スキー場へ。駐車場には寂しそうな狐が一匹寄ってくる。餌ずけされてしまっているのか?何かもの悲しい狐だった。駐車場の気温はマイナス1度、八幡平の気温としては異常に高かった。登り始めると直ぐに発汗、アウターを脱ぐが春山のような感じだった。今年は積雪が少なく灌木の頭がいたるところに出ている。積雪が十分ならばモミ山の下部をトラバースして前山を捲くのが茶臼への最短なのであるが、今日はモミヤマのピークに出て稜線を前山へ向かう。前山へのコルからはアスピーテライン沿いにしばらく進み途中から茶臼と前山の稜線へ強引に出た。何時もは寒い茶臼の山頂も暖かく、長休止してから、雪質の良さそうな茶臼小屋の前へ降りて滑り始める。ここだけは素晴らしいパウダー。3時間かけて登り、わずか20秒ほどのパウダー滑降だった。雪が少なく恵比寿沢方面へ降りすぎると藪地獄につかまる恐れがあった。稜線を前山、モミヤマへと戻る。ボソボソの雪質、灌木をぬいながらモミヤマの斜面を下り駐車場へ戻った。結論から言えば、小屋の直下だけで後はただ下るだけのスキーだった。

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何か悲しい。自然界にも高齢問題があるかも?

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笹の頭の間を登ります。

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茶臼岳への最後の登り。やっと雪山らしくなりました。

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茶臼岳山頂。後ろはモッコ岳。

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何時もの岩手山を背景に。

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茶臼岳から茶臼小屋へ。頂上直下のバリバリの雪を避けてパウダーを求めます。

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やっとパウダーに巡り合いました。

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登り3時間パウダー20秒のつかの間快楽でした。

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2016.10.15 子持山獅子岩

2016.10.15 子持山獅子岩クライミング練習

参加者N,U                                   獅子岩登攀開始11:05 登攀終了13:10

フランスから帰国後、体調不良、天候不良などですっかり活動が停滞している夏から秋でした。今秋初めての好天気なのでリハビリクライミングへ行ってきました。楽に取り付けるしし岩と思っていましたが、子持神社からの林道はこのところの豪雨で途中より車両通行止めでした。30分ほどの余計な林道歩きの後いつもの7号の駐車場へ。林道は沢の増水で抉られた箇所や倒木、大岩が散乱して当分の回復は望めないでしょう。このような不便な状況で 獅子岩の取り付きには登攀者ゼロ、2p目を登っていると3名のクライマーが到着して昼食を食べ始めたので結局岩場は貸切状態でした。このルートは5年程前に最初に登り、4度目でしたが、今回が一番難しく感じました。体が経年劣化したのか、クライミングの能力が低下したのか、少々落ち込んでの登攀終了でした。cimg3335

沢の増水で岩や倒木の覆われた林道の惨状。

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7号駐車場。歩かされて損した感じ。

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1p目。左側のクラック沿いは簡単ですが、ボルトラインのほうが難しい。cimg3340

獅子岩の頭にて。久しぶりの好天気、静かな登攀を終えて満足でした。

 

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2016.07.22~07.30 フランスアルプス LaMeije

2016.07.25~07.30フランスアルプスLaMeije他

参加者:U,N

La Meije登攀を思いたったのは3年前の2014年前の夏、そのときは天候などの状態から高度の低い同じ山塊のDibona針峰に切り替えて岩壁を登った。去年はLaGraveからPromotoire小屋に入って縦走を狙ったが天気のタイミングが合わずLaBerardeへ下山してしまった。今年はLaMeije 登頂を優先してアプローチの簡単なLaBerarde から入りPromontoire小屋でチャンスを狙う計画を立てた。フランスガイドの親友EricCharmelのお誘いで旅の前半はBougSt.MauriceのEricの家にお世話になることとした。7/26からEricはMustghAtaへ長期遠征予定だった。          LaMeijeは学生時代に憧れた”若きアルピニストの魂”の著者 ジャン・コスト が22歳の生涯を終えた山である。今年こそはと臨んだ山行だった。

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ジャン・コストの”若きアルピニストの魂”

7/22

Geneve空港へ10時過ぎ着。                            今回は羽田発の7/22深夜出るANAで7/22午前に到着という効率が良かった。GeneveからEricの住むBougSt.Mauriceは3時間程度と聞かされていた。事故渋滞、ツールドフランスが開催されていたAlbertvilleを通過した影響などで5時間以上かかってしまった。

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Eric&Dominique Charmelのシャレー”Chalet La Boem”

7/23 ViaFerrata

Ericによると最近の天気は午後に雷雨が発生する不安定なの天気が続いていて、2,3日はこのような天気が続くとのことだった。つまり、ここでは大きな登攀はできないとの結論である。今日は朝2頭の犬を連れてBougSt.Mauriceの土曜日の午前中だけ開催される朝市へ。地元産の乳製品、ハム、サラミなどの食料品から衣類まで様々な出店が並ぶ。Eric、Dominiqueも沢山の友人と声を交わしここは地元の社交場だった。                        昼食後、近くのSaintFoyTaventaiseのフェラータへ行く。ここのフェラータはワイヤーが無く、ねじれたペグにリードがロープを巻き付けながら同時登攀で登る形式だった。傾斜は無いが比較的実践的な登攀の練習という感じだった。途中から雷雨となったが70分程で終了した。

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BougSt.Mauriceの朝市。

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朝市のカフェで朝ワイン。

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ViaFerrataの取り付き。

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ワイヤーはありませんが、ステップとランニングビレー用の支点があります。

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ViaFerrataの終了点を抜けるてハイキング。

7/24 LaGrndeMotte(3656m)

10:50 LaGrndeMotte北東稜取り付き 12:10山頂 12:45ロープウエイ終点

午後から雷雨予報なので午Motte前中Tignesスキー場よりLaGrandeMotte(3656m)を登る。Tignesの一番高いVillege、TignesValClaretよりFunikulaireと呼ばれる地下高速ケーブルカーとロープウエイを乗り継3456mのスキー場の終点へ。ゲレンデを高度差で100m程下り、岩稜に取り付く、取り付きはグズグズした岩場だが稜線上の硬い部分を登って行く。要所要所にハンガーボルトがありEricはビレーを取りながら登る。我々も同時登攀で続く。時折ギアの受け渡しを行う。最後岩稜が終わり、アイゼンを付けて雪壁を山頂へ。標高差300mあまりの簡単な高度順応と岩稜登攀の練習となった。下山は斜面雪壁を直接ロープウエイ終点へ。このころから計算通り天候が崩れてきた。Ericの家で昼食を食べ、LaMeije登攀の準備のためGrenoble方面へ下る。この2日間、EricとDominiqueは我々をゲストとして受け入れ、友人として山も案内してくれた。クライアントを連れて日本へも山スキーに来るとのことなので再会を期しSt.Mauriceを後にした。

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Tignes2100の上、ValClaretよりフニクラに乗ります。

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岩稜の末端の取り付き。

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Ericは山岳ガイド。全てがお任せ、駐車場の場所から登攀道具の選択、登攀は勿論下山経路まで何も考える必要がありません。

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LaGrndeMotte山頂にて。後方は有名なVal d’Isereのスキー場です。Tignesとつながっています。

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お別れ前、ベランダで暫し談笑。

7/25

13:50LaBeralde(1734m) 16:00 Chatelleret小屋(2225m)

GrenobleよりLaBerardeへ向かう。Euroが不足してGrenobleで銀行を探したので時間を費やしてしまう。LaBererdeまでの道も今年土砂崩れが起き途中1時間近く待たされる。今日はPomontoire小屋の手前にあるChatelleret小屋へ入ることにする。小屋は氷河の融水の川に挟まれたた高山植物に囲まれていた。この小屋はハイキング目的の宿泊者も多かった。

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ラ・ベラルドからシャトルレ小屋へ向かいます。LaMeijeが見えてきました。

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シャテルレ小屋(2225m)

7/26

8:00Chatelleret小屋  11:15Promontoire小屋(3092m)    13:00 偵察    16:00 小屋着

今日はコースタイムでは3時間の行程でPromontire小屋まで。小屋を出ると、夕食で同席した年配の二人が追い抜いて行く、そのうち追いつけると思っていたらみるみる離されてしまった。そのうちに更に早い女性に追い抜かれる。小屋のNathalieだった。小屋に着くと小屋の主人Frediが双眼鏡を差し出し、LaMeije山頂から2名がウイングスーツで飛び降りるとのことだった。しばらくすると点のような人が飛ぶというよりガスの合間を急降下してくる。3900mから一気に小屋の下方へ降下してChatelleret小屋上部の雪渓へパラシュートを開いて二人とも同じ地点に着雪した。3900mから2300mまでの2,3分の飛行だった。小屋で昼食を食べ、早速偵察登攀に出る。明日は夜明け前の出なので夜明け前の部分はトレースしておきたかった。小屋の裏からの登攀開始。アンザイレンして、難しそうな部分は確保してもらい小刻みなスタカットで登る。ヒキガエルのギャツプからのカンテの乗り越しが少々悪い。その後あまり難しくない2,3級の尾根を登る。スラブに出てスラブから岩の切れ目の弱点から“お嬢さんのキャンプ場”と呼ばれるテラスに出る。スラブとバンドで形成されるトラバースを100m。凹角を30m登ったところで今日の終了とする。ゆっくり登ったのでここまで2時間弱。年配の2人が偵察に来て追いついてきたので彼らの到着を待つ。彼ら同時に下山。下りの難しい箇所は3回ロワーダウン、大部分はクライムダウンできた。小屋に戻ると20名ほどの登山者が明日の好天を予想して入っていた。食事のとき8パーティが縦走、2パーティがGrandPic往復とのことだった。ガイドも含め皆言うのは、縦走の方がはるかに楽だとのこと、GrandPicの同ルート下降は難しいとのことだった。ロープも50m2本が必要とのことだった。縦走組の殆どはLaBererdeからの入山と聞かされて少々驚きだった。LaGraveから如何にして車を取りに来るのだろうか? 言葉の問題のない彼らは何とかなるのだろう。一緒に縦走しようとも強く誘われたが計画通りとした。Chatelleret小屋から一緒だった年配のフランス人2人は80歳と70歳ということがわかった。彼らも縦走組で車は何とかなるとのことだった。アプローチのスピードはまさにレジェンドだった。

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Promontire小屋への登り。

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LaMeije。 右の壁がGrandPic 南壁。 左の稜がPromontoire稜。CIMG3193

最後はラ・メージュ氷河に入ります。白い建物がPromontire小屋。

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Promontoire稜の偵察。ヒキガエルを越えた稜線。

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お嬢さんのキャンプ場と呼ばれる大テラス。

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デイアメル・クロワールへ向かってトラバース。偵察の最高点。

7/27 La Meije Grand Pic(3983m)

4:00Promonotire小屋発  11:00 GrandPic山頂(3983m) 11:30下山開始 1:00Promontire小屋着

朝3時に起きる、レジェンド2人は既に起きて朝食を始めていた。我々も急いで食事を済まし、準備する。昨日の偵察の時はクライミングシューズを使わなかったが、暗いなかの1時間を考えクライミングシューズにして出来るだけコンテで行くことにする。ヒキガエルのギャップの乗り越えだけはスタカットで登る。暗い中でもクライミングシューズは快適に登ることができた。お嬢さんのキャンプ場の手前のスラブで感じのよいフランスガイドパーティに追いつく。クライアントの膝の調子が悪く諦めるらしい。昨日の偵察の地点まで1時間あまり、半分の時間でくることが出来た。デュアメルクロワールと言われるルンゼまではカンテとランぺを左上する。まだ薄暗い中クロワールに達するが、クロワールというよりは大きなルンゼだった。暗くて下降地点が解らない、確保してもらって側壁を左上すること15m、行き詰まりルンゼへ下降できない。戻るのも難しいので岩角になわを残置、カラビナを捨ててクライムダウン。辺りが明るくなると下降地点が解った10m程のクライムダウンでルンゼの底へ。30分ロスしてしまった。デュアメルクロワールは2級ら3級の岩場で4p程の距離を息を切らしながら登る。クロワールを抜けると傾斜の落ちた尾根上のスラブを切り立った岩峰の根元まで登る。この岩峰が黄色いジャンダルムらしい。ルートは岩峰を避けるように右へトラバース、カステノールのスラブと言われるスラブを右上する。上部のカレル雪渓からの水が流れており冷たいし靴を濡らさないように登る。この辺りで先行する3人パーティに追いつく。カステルノーの岩場を左へトラバースすること2pで先ほどのジャンダルムを回り込み、尾根上の岩場の確保点に出る。出だしカンテ状の膨らみを乗り越し、右側の少々難しいフェースを乗り越し左からの凹角に合流した。ここは左からの凹角に出るべきだった。先行の3人も早くないので、短めのスタカットで凹角、オーストラリア人のスラブを登り、左に大岩を回り込むようにして西稜側にでる。この辺りで岩質は緑色の片麻岩に変わり、急に風が冷たくなる。大きな岩稜を右に回りこみスラブ状のバンドを右へトラバースして行く。途中岩を回りこむところ2か所が少々悪い。カレ氷河の左下の大きなテラスで3人パーティに追いつく。ドイツ人パーティだった。3人とも大男で屈強そう。彼らに先行してもらうことにする。ここでアイゼンを付けカレ氷河を右上していく。傾斜は35度から40度であまり急ではない。表面は柔らかいが硬いところもあるので慎重に標高を稼ぐ。50mのピッチで6p位だろうか最後は氷河の右端を直上して、西稜上の頂上岩壁の下にでる。ここでアイゼンとピッケルをデポする。頂上岩壁は下から見たよりは傾斜がない。右側の岩壁の方が簡単そうであったが岩質が脆く左側の傾斜の強いカンテ側を登っていく。先行3人が時々岩を落とすので彼らのラインを外しながらルートを選ぶ。途中2名のウイングスーツを着たフランス人に会う。この辺りから岩壁を飛ぶらしい。北風が吹いていたので北側のLaGlave側へ飛ぶのかもしれない。近くでウイングスーツを初めて見たが薄い生地で手を開いてはじめたウイングになるという不確かなもの。飛び降りた瞬間に風をつかめなかったらどうするのだろう?考えただけでも身震いがする。しかし、ヨーロッパの命知らずの主流はこれらしい。冷たい北風で彼らのジャンプを見届ける余裕もなく左側の稜線を意識して登って行く。左側がスラブのジェードル状の岩場で3人に追いついてしまう。僅か10mほどであるが先行のリードが苦労している。凍えるような風の中20分ほど待たされる。スラブに左足をのせる2か所が細かいが右のクラックに1か所カムを決めて赤い馬と呼ばれるカンテにまたがり乗り越す。ここからは北壁側へあまり難しくない壁をコンテで登り頂上へと先行する3名とほぼ同時に出ることが出来た。頂上からは多くがトラバースする山稜が続いている。ドイツ人3名も迷っていたが時間が遅くなったので当初の計画を変更してPromontire小屋へ下山するとのことだった。風を避け30分程山頂を楽しみ早々下山にかかる。50m程クライムダウンして、最初の懸垂。2回目の懸垂は少々失敗、グズグスのルンゼの懸垂となり。30m程で中断、登ってきたカンテのラインに戻る。ここまでは我々が先。行したがここからドイツパーティが先行、我々よりも懸垂支点に精通しているようだった。ドイツパーティの懸垂を待っているとレジェンド2人が上がってきた。80歳が70歳をリードしている。70歳は大分疲れているようだったが80歳は縦走すると意気軒昂だった。3回の懸垂をまじえカレル雪渓上部のコルに降りる。登った時は日が当たっていなかった気温も上がりカレ氷河は雪も大分柔らかくなっていた。ドイツパーティは雪の上で極端に遅い、我々も慎重にゆっくり下る。カレル氷河下のテラスでアイゼンを外した。当初、スラブ状のバンドを西稜側へ戻り、そこから懸垂を交えて下降するつもりだった。ドイツパーティは我々の気がつかなかった懸垂支点を使い50mの懸垂を始めた。50m、25m、50m、25mの懸垂でデュアメルの上部スラブに出ることができた。この時点で16時、時間はかかったがもう難所は過ぎたと少々安心してしまった。デュアメルクロワール上部の支点からドイツパーティは懸垂を続ける、我々は落石も避けたいし傾斜の緩い岩場でのロープの絡みをさけてクライムダウン、要所でのロアーダウンを繰り返し彼らから離れないようにする。そのうちにデュアメルを下り過ぎているのではないかとの間違いに気が付く。5人で広いルンゼの中で迷ってしまった。Promontoire稜への戻る地点は何処か?迷ったときの鉄則、登り返す、残置なども時々あり解りずらい。20時過ぎまでの日没までが迫っていた。やっと朝、自分が残置した捨てなわとカラビナを見つけ出した。夕闇迫るなか、Promontoire稜へでることができた。ここからは偵察の時1時間で戻ったあたりと思われた。この辺りで闇となる。我々が先行していたが、スラブの上でドイツパーティと合流、この時点で22時を過ぎていた。一人がロワーダウン気味にルートを確保してから懸垂、ロワーダウンで降りるという作業を繰り返した。最後急な岩場を懸垂で降りるとそこは小屋の直ぐ上、ヒキガエルのギャップだった。最後の自分が小屋へ着いたのは1時過ぎ。小屋の主Frediが温かいスープを用意して待っていてくれた。      小屋は好天を期待した登山者で満員、我々は何とか寝場所を確保したが、縦走するつもりだったドイツパーティは食堂の床で寝ることになった。1時間もすれば皆起き始めるので何処かに潜り込めただろう。                                   岩場で21時間行動した長い一日が終わった。

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カステルノーの岩場。カレ氷河の真下で濡れています。この下でジャン・コスト達2人が見つかったようだ。

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カステルノーの岩場を登る。

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黄色いジャンダルを回り込み”ロバの背”というカンテを登る。

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オーストリア人のスラブに向かって登ります。

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カレ氷河を登る。右の岩場を大きく回り込んで行きます。

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GrandPic山頂。木の象はマリア様ではありません。

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イエスの象かもしれません。

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後方は縦走ルートです。あまり難しそうではありません。

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GrandPicより北壁側LaGraveの村を望みます。

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3本目の懸垂を準備していると、80歳のレジェンドがリードで登ってきました。12時30分でしたが縦走すると張り切っていました。彼らも遅くなったと思います。

7/28

9:00Promontire小屋 15:00LeBerarde

朝起きると登山者は我々とドイツパーティ以外5、6名しかいなかった。FrediとNataliにお礼を言い好天のなかPromontire小屋を去る。途中Chatelleret小屋へ寄り昼食。追い抜かいたはずのドイツパーティもパラソルの下のテーブルにいた。彼らとはなかなか縁が切れない。背中に日を浴びながら暫し昼寝。LeBerardeまでの2時間余りを下る。最後は右岸の道をとり村へ下る。右岸の道は景色が素晴らしいが疲れた体には堪えた。朝はAostaあたりまで下るつもりだった。LeBerardeの雰囲気があまりにも良かったの旅行案内所でこホテルの案内を乞う。隣のホテルが空いているとのこと。共同トイレ、シャワーの山小屋+のホテルに泊まることにした。夜、村で2軒ほどのレストランで食事しているとドイツの3人が入ってきた。頑強のゲルマンも疲れたらしい。彼らは明日よりCourmayourに入りDentGianへ行くとのこと。我々の短い休みに驚いていた。

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疲れて重い足取り。LaMeijeを後にします。

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シャテルレ小屋で休憩、昼食。ドイツパーティ3人もいました。屈強のゲルマン人も疲れたらしい。

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シャテルレ小屋は水が豊か。高山植物がいっぱいです。

7/29

帰国の前日、このところ毎年行っているAostaのAlpStationへ行くこととする。LeBerardeからの山道で暫し工事通行止め、荷物を整理していると、後ろからドイツの3人が現れた。よくよくの因縁があるのだろう。今度は本当の別れだった。                       去年の道路が通行止めになりゴムボートに乗ったがけ崩れ地点は今年も通行止め。ことしは湖の反対側にう回路ができていた。フランス語が解らないと迂回路の説明も読めない。Oisanで英語の堪能な自転車の青年に丁寧に教えてもらい複雑な迂回路に入ることができた。道はすれ違いの難しい山道だった。道路の回復はトンネルを掘っているので数年かかるかも?

AlpStationは愛用しているMonturaのFlagShop。もう顔見しりになったおばちゃん店長の笑顔に迎えられた。今年もまたプレゼントをもらい、紹介してもらった子供向けAlpStationへ。観光客でにぎわうAostaの旧市街地の中にあった。Aostaは紀元前ローマの属領となり旧市街地の中には当時の城壁などが残されている。いろいろな見どころも多くあるらしい。観光案内所でホテルを探してもらい結局Aosta泊。何となく入ったレストランは少し発泡した白ワイン、カップレーゼ、ペスカトーレ、ミラネーゼが素晴らしく美味しかった。

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毎年立ち寄るAostaのAlpStation。

7/30

今日は土曜、モンブラントンネルの混雑を予想して早めにでるがイタリア側は全く空いていた。フランス側は長蛇の列、シャモニーのキャンプ場近くまで続いていた。皆物価が安く、料理の美味しいイタリアを目指しているのか?モンタンベール行の駅の近くの草原の駐車場で帰国の荷物を詰めシャモニーの街で昼食。英語がどこでも通じ便利だが、人が多く、レストランもAostaの3割高、味は普通。早々にシャモニーを後にする。                      レンタカーを借りたのはGeneveのフランスサイド、空港付近の紛らわしい道にスイスサイド行ってしまい。ギリギリのタイミングでフランスサイドのAvisへ辿りついた。GPSもスイスサイド、フランスサイドが近すぎて認識できないようだ。国境はあるが同じ建物なのだ。最後はドタバタでヒヤヒヤものだったが何とか飛行機に乗り込み予定通り帰国することが出来た。

LaMeije登攀の反省点は

*やはり縦走すべきだった。縦走はルートを外しにくいし、懸垂支点も明瞭なはずである。Promontoire稜の下降は懸垂支点が不明瞭、地形が複雑で一見の我々には困難だった。

*ドイツパーティに頼りすぎて、ディアメルクロワールの脱出点を見過ごしてしまった。自分の残した捨て縄とカラビナを最初から確認すべきだった。

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